沈黙が場におりた。
村上は一歩も動けない。
夜の闇に穴をあける街頭とそれにまとわりつく虫の羽音だけが
この制止した夜道で動を主張する。
「なにを・・・言ってるんだ?」
乾いた唇でようやくそれだけを紡ぎ出す。
「警察には、
見つけた時にはもう手遅れだったって言ったんだけどな。
実際にはかけつけたオレの目の前で
刃物を片手にブルブル震えてた。
だから言ってやったんだ。
今アンタが死ねば相続権放棄して借金返さなくてよくなるって。
何もかもがうまくいくって。
きらりな、あの人のこさえた借金返すために
体売ることになってたんだ。
きらりは家族のためなら仕方ないとか言ってやがったが、
オレは、そんなのは、ゴメンだ。
脂ぎった親父の腹の下で
きらりが喘いでる姿を想像しただけで気が狂いそうだったよ。
何度かこの手でコロしてやろうかって考えて
後つけたりしたんだけどな。
夜道で、駅のホームで、交差点で、
実際に最後の一歩を踏み出そうとした瞬間にな、
瞼裏にきらりの顔がな、浮かぶんだ。
オレの手で父親をコロされたきらりが
トテモスゴク哀シイ目でこっちを見るんだ。
オレハソレニモタエラレナイ。
だからな、あの時、病院で、
自殺しようか迷ってるあの男を見つけた時な、
オレハ、トテモ、スゴク、清々シイ気分ニナッタ」
最初は淡々と紡がれていた言葉が、徐々に歪に狂い出す。
本来上がらない所で上がったり、下がったり、
奇妙な抑揚をこめて村上の脳を浸食する。
一歩も、動けない。
「オマエは鋭いよ、村上。
オレは確かにきらりを避けてる。
それもオマエの予想通り、
きらりの親父さんが死んだその瞬間からだ。
千絵姉にも同じことを言われたがな、さてどうだ、真実の感想は?
中々クソッタレだろ?」
ただ饒舌に、今にも壊れそうな顔で、
トっくに壊れてしまってるのかもしれない心情を吐露する親友に、
何も言えず、それでも何かを言わなければいけないと、
そう必死で心を奮い立たせ、口を開いた瞬間だった。
−パキっ−
鹿之助の後ろで、何かを踏んだ音がした。
気がつかなかった。
目の前の親友の仮面のような無表情を、
取り憑かれたように凝視していたために。
何時の間にか鹿之助の後方に、
今最もこの会話を聞かせてはいけない少女がいたことに。
「ッ!?」
村上の表情の変化に、鹿之助もまた、
振り返り、そして、見つけてしまう。
「ッ・・・、きら・・・」
名を、呼ぼうとする。
だけど呼べない。
誰も一歩も動けない。
何もかもが凍り付いている。
それでも村上は必死で自制心をふりしぼり、
「いつから聞いてた?」
それだけを、ひねり出した。
「わ、わた、わたしは・・・、あの・・・」
最初は言葉にならない何かを、どもりながら、つまりながら、
意味不明に並べていたが、段々と落ち着いてくる。
「わたしはね、お父さんが死んじゃって悲しいよ?
でもほんとにあのどうしようもなかった中で、
それでもなんとかしようとして
ずっと頑張って苦しんでくれてた鹿くんにゴメンって思う反面、
ほんのちょっとだけ、んーん、ほんとはすごく、
心のどこかでうれしかったんだ」
鹿之助の顔が驚愕に染まる。
「さっきね、スカウトされた時も
大学に行けるってお母さんや先生に言われた時も、
なんかね、あんまり嬉しくなかったんだ。
だってそんなのヒドイじゃない?
お父さんはね、あんなだったけど、
でもそれはお父さんが悪い人だったからじゃないんだよ?
たまたま運が悪くて、たまたまダメなことが重なって、
あんなことになっちゃっただけで、
だから、お父さんは悪くないんだから、
仕方ないんだ、私が頑張るんだって、
ずっとそうやってそう思ってきたのにさ、
お父さんがさ、その、死んだとたんにそんな、
色々うまくいきだすなんてさ、そんなのヒドイよ」
きらりらしいと言えばきらりらしい飛躍した、
それでもどこか優しい言葉に、
村上もまたよくわからない共感を覚えた。
「でも、違ったんだね。
たまたまお父さんが死んで、
それでうまくいきだしたんじゃなくて・・・、」
これ以上は、言わせてはダメだ。
直感的に何かが背筋を走り抜ける気がして、
「椎野」
思わず静止の声を上げるが、
「鹿くんが、助けてくれたんだね」
「椎野!!」
言葉を紡ぎ続けるきらりに、今度は声を荒げ、
「ありがとう、ごめんね。
わたしのせいで、人殺しに、なっちゃったね」
涙を流しながら、きらりが鹿之助に歩いて行く。
「わたしのせいで、イッパイ、傷つけちゃったね」
一歩、一歩、足を踏み出すたびに涙が地面を叩く。
「今度はわたしが、鹿くんを助けてあげる」
その瞬間、鹿之助が後ずさった。
「わたし、デビューするよ、鹿くんのために歌うよ」
きらりの言葉に他意はない。
その鋭すぎる感性と、常人離れした純粋な優しさをフル稼働させて、
自分のために手を汚した目の前の愛しい恋人を救おうとしている。
「だから、鹿くんはもう、泣かないで」
だがそこには決定的なズレがあった。
それは、二人を等しく大事に思い、
二人を等しく守りたいと思う村上にだけわかる。
それは決定的に違う。
その夜、前島鹿之助は、仲間達の前から姿を消した。

