初めて戦場の風を感じた時、
私が思ったのは、
私もまた、私の嫌いな父や兄のように
多くの人を殺すのだろうということだった。
そして父や兄と同じように
そのことを悔やみ後悔するのだろうということだった。
一族や国民の手前、
けしてその悔やみを表に出さず、
酒に浸り、
誇らしげに自らの罪を語る姿を
幼い頃から見上げていた私は
母にすら見えなかった二人の悔やみを
後悔を、悲しみを感じていた。
そして戦場に立った私は、
父や兄以上に殺し、
父や兄以上の英雄となった。
ただ、父や兄と違ったことは、
私は悔やみもしなければ後悔もしなかったことだ。
一人殺すごとにその血が私を鍛え、
万人殺させるごとにその怨念が私を鍛えた。
ある時、友は私に問うた。
何故そこまで強くあれるのかと。
私は答えた。
私には、殺すことで守りたいモノがある。
殺すことでしか守れないモノがある。
ならば私に殺された者達は
私に殺されることで
私の守りたいモノを守ったのだ。
例え彼らの本意でなかったとしても
彼らはその為に散ったのだ。
つまり私に守られたモノ達は、
私が殺したモノ達によって守られたのだ。
で、ある以上、私が殺したことを悔やむのは
私が守ったモノ達の安穏を汚すことだ。
私が殺したモノ達の怨念を汚すことだ。
私は私が守ったモノ達と
私が殺したモノ達の誇りにかけて、
多くを殺したことを誇りに思うのだ。
友が悲しい目をして空を見上げ、言った。
オマエはすでにして人を辞めたのだな、と。
そうなのだろうか。
きっとそうなのだろう。
幼き頃から共に生き、
いずれは共に逝くのだと信じていた友だった。
些細なことで遊び友達から孤立した少年の日も、
戦場に赴くのだと愛した人に別れを告げた冬の日も、
父や兄の武勲から上官に疎まれ、
死地へと追いやられた血雨の日も、
戦図一つと万の敵を灰にし、英雄になった日も、
常に共に駆けた友だった。
その友が、遠く離れたのを感じた。
つまる所、その時彼は英雄から人へ戻り、
私は英雄から伝説になったのだ。
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